甲子園の投手の球数問題が議論されていますが、そもそもなぜ日本は「1人の大エースが投げ抜く」ことが基本となってしまっているのでしょうか。
さらにはなぜ日本人は「1人の投手が身を削ってでも投げ抜く」ことに感動を覚えてしまうのか。
そんな日本野球の特徴を歴史から紐解いてみます。
日本で主流な「トーナメント制」
野球ブームが日本で始まったのは、1915年に大阪朝日新聞の主催で始まった「全国中等学校優勝野球大会」がきっかけ。
この大会が後の甲子園大会になります。
野球ブームが拡大するにつれ、各地方でも地方新聞社が主催する野球大会がどんどん開催されていきました。
ここで問題なのが、「その大会のほとんどがトーナメント制」ということでした。
実は野球の生みの親であるアメリカでは、ほとんどの大会がリーグ戦です。
しかし、日本のアマチュア野球ではトーナメント制が主流になってしまった結果、「1回も負けられない」戦いをしなければならず、1人のエースが腕が折れてもなげるといった文化になったと考えられます。
板東英二さんの力投
ゆで卵でおなじみの元プロ野球選手、板東英二さん。
彼は1958年の地区大会決勝戦で、25イニングを1人で投げ抜き全国的な話題となりました。
ほぼ3試合分を1日1人で投げ抜き、結果として負けてしまった。
この時に胸に熱い思いを感じた人も多かったのではないでしょうか。
各新聞社も絶賛していたそうです。
プロ野球ですら昔は1人のエースが引っ張った
ここまでは高校野球の話でしたが、実はプロ野球もしばらくは「1人の大エースがチームを引っ張る」ことが主流でした。
沢村賞の親、東京巨人軍の沢村栄治さんは1937年、チームの56試合のうち30試合に登板しています。
「神様、仏様、稲尾様」で有名な稲尾和久さんも、1958年の日本シリーズで全7試合のうち6試合に登板。
今考えると信じられないくらいの熱投ぶりですね。
「壊れてでも頑張るヒーロー」として報道したメディア
なぜ、今の日本人は「大エースが頑張り力尽きる」ことに感動を覚えてしまうのか。
それは、これまでに紹介したような「長いイニング、圧倒的な登板数」でチームを引っ張るエースを、まるでヒーローのように持ち上げてしまったメディアに少なからず原因があると思います。
小さい頃からテレビや新聞による、価値観への「刷り込み」が影響していることは間違いありません。
今も放送されている「熱闘甲子園」も、そういう意味ではあまり良いものではないですよね。
また、闘魂スポーツ漫画が流行るのも、日本くらいのようです。
ピッチャーが1人で完投し力尽きる…
そんな光景に美しさを感じ褒め称える人が多いのは、野球漫画の影響では??
と最近思う。「巨人の星」「侍ジャイアンツ」「Major」など、孤高のエースが過酷なマウンドを投げ抜き最後は力尽きる。
この漫画のヒーローに、実際の選手を重ね合わせてませんか?
— 水口 翔平 / 野球肩の専門家 (@katalab_s) August 13, 2019
まとめ
今回紹介した以外にも、「大エースが投げ抜いた」ことを「メディアが絶賛した」事例は山程あります。
野球に励む学生たちを見世物にするのではなく、きちんと身体や将来のことを考えた上で応援してあげるのが、僕ら大人の役割ではないでしょうか。
大人の都合で怪我で苦しむ野球人が、1人でも減ることを願っています。
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